旅の途中で
音も 光も あらゆる感覚の無い世界で、殷雷はただ把握していた。
何の感慨もなく、気血の流れを、僅かずつ再構築されていく己の刀身(からだ)を。
「おやすみなさい流麗さん、綜現君」
「…おやすみなさい。これでやっと二人の時間になるのね、綜現」
綜現は一瞬考えてから、和穂に返事をすることにした。
「おやすみなさい和穂さん」
「…ちょっと、綜現」
流麗のことは綜現に任せて、和穂は寝ることにした。毎度のことである。
寝台に入って腰の殷雷刀を外す。
治療に専念している殷雷の意識は伝わってこないが、生きている感触に安心する。
和穂は殷雷刀をそっと胸に抱くようにして横になった。
「おやすみ、殷雷」
音も 光も あらゆる感覚の無い世界で、殷雷はある変化に気付いていた。
勢いを増した気血の流れ、僅かに速度を上げて再構築される己の刀身(からだ)。
すでに判っているはずの原因を確かめるため、ひととき意識を外へと向ける。
和穂が自分を抱いて眠っていた。
殷雷は苦笑した。
いつもそうだ。
こうしていると、僅かに修復速度が上がる。いや、普段の状態での効率が下がっているのだろうか。
いったい自分はどうしてしまったのだろう。
霧のような手をのばして、そっと和穂の髪に触れる。
毎夜繰り返された儀式。
「おやすみ」
微かな声で更に微かに呟いて、霞のような殷雷の姿はかき消えた。
能率の上がっているうちに治療に専念しよう。
早くその手を握り返せるように…
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本編5巻『黒い炎の挑戦者』の、綜現君が護衛についていた期間の設定。
女性の髪の毛に触れるっていうのは、親密度がかなり高いんですってよ。
妄想の固まりですね。(汗)
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